2020年07月29日
しろ池の森キャンプ場
2020.7.23(木)~25(日)
外出自粛の解禁以降、夏のトップシーズンはいずこのキャンプ場も中々予約を取れない盛況ぶりです。
キャンプ自体は隣のサイトとは神経質になるほど密にはならない遊びなので、
水道のあるキャンプ場であれば手洗い消毒励行で、コロナ感染リスクの少ない遊びですね。
この4連休は糸魚川沿線のキャンプ場をピックアップしていて、
考えていたところは特に予約の必要もなく、言うならば行ったもん順なので、早朝2時に自宅を出発する。
8時過ぎに第一候補のしろ池の森キャンプ場に到着です。
先客が1人、ぐるっと見回って中々いいキャンプ場なので、もう他を当たることもなくこちらに決定、
2泊をのんびり過ごすことになります。
上段下段に分かれていて、駐車場から近い下段にテントを張ります。
下段は3組、上段に2組です。
隣のサイトとは20m位離れてるでしょうか。
密とは無縁な疎です。
芝がふかふかでペグの刺さりもいい絶好のキャンプ場です。
公共のキャンプ場は設備の差がかなりあって、
和式の簡易トイレしかない、水場もない所から、
ウォシュレット付きトイレ、炊事場も清潔で至れり尽くせりの所まで
千差万別です。
こちらは、和洋式と身障者トイレ、炊事場ありで、とても清潔に保たれていて、かなりポイント高いです。
この2泊3日は雨勝ちで、テントを張った瞬間に土砂降りの雨に見舞われるという、
まさにタッチの差、九死に一生、悪運が強い。。。な様相です。
湿気が多くテントを張れば汗だくで、もう出かけることもないので、
早速ビールと適当に朝ご飯に。
雨の合間に管理棟の上から駒ヶ岳を展望。
屏風のようにせり上がり、右手に繋がる鋸岳への稜線といい、頸城山塊の西の一翼を担うにふさわしい風貌です。
更に南に目を移すと、双耳峰のにゃんこ耳、雨飾山がちょこんと覗く。
テントに戻れば静寂が広がる。
時折管理人さんの草刈り機の音がこだまする、のどかで平和な時間が延々と続いた。
昼からたき火を起こして、ただただ炎を見入って何も考えない時間。
薪をくべ、火を絶やさない原始の営みの中の静寂。
昼食に焼きそば、夕食は肉やトウモロコシを焼いて生野菜にかぶりつく。
ビールの空き缶がひたすら積みあがった。
翌日は朝から雨模様で、しろ池への散策を楽しみにしていたので、出鼻をくじかれてしまう。
ところが、奇跡的に雨が上がり、大急ぎでしろ池に向かう。
雨に濡れた下草がまとわりついてなんとも不快で、地面もすべりやすくなっていたが、
山道の途中からは、日本海も望めた。
しかし、山道を出たら林道がしろ池まで繋がっていた。がっかり。
しろ池は美しい所だった。
池は水深によってか、その色合いを微妙に変え、水面はおだやかで樹林の影を写している。
奥まった所の色がまるで濁り湯の温泉のようで、微かな石油臭も感じた。
神秘という言葉はこの池の為にあると言っていいほど異世界な空間だった。
そしてここからもさらに雨飾山は近づいた。
休憩舎の奥に回ると、そこには塩の道の名残の古道があった。
その道すがらにはボッカ宿の跡があり、
1824.12.18裏山の戸倉山の大雪崩で塩を運ぶ信州歩荷と家人が数名亡くなり、
以後再建されなかったそうだ。
ちなみに塩尻というのは塩運搬の最終目的地だったそうな。
海と山を結ぶ塩の道は、全国に展開されていたようで、
こんな山中にと驚くような場所にその痕跡を見つけることがあり、
現代人の感覚からいけば、川沿いの方が楽なのではと思うのだが、
冬場の雪崩の心配を思えば、おのずと山中の峠を繋ぐルートになるのだろう。
下りはしっかりと林道を使わせてもらってテントに戻った。
糸魚川市のスーパーまで山道を下り、海鮮丼の材料とえびを調達して夕食に焚き火で焼いた。
途中でウサギ、ウリ坊、そしてなんと小熊に至近距離で遭遇した。
いや、車でよかった。
ワイルドな2泊3日のキャンプだった。
キャンプ自体は隣のサイトとは神経質になるほど密にはならない遊びなので、
水道のあるキャンプ場であれば手洗い消毒励行で、コロナ感染リスクの少ない遊びですね。
この4連休は糸魚川沿線のキャンプ場をピックアップしていて、
考えていたところは特に予約の必要もなく、言うならば行ったもん順なので、早朝2時に自宅を出発する。
8時過ぎに第一候補のしろ池の森キャンプ場に到着です。
先客が1人、ぐるっと見回って中々いいキャンプ場なので、もう他を当たることもなくこちらに決定、
2泊をのんびり過ごすことになります。
上段下段に分かれていて、駐車場から近い下段にテントを張ります。
下段は3組、上段に2組です。
隣のサイトとは20m位離れてるでしょうか。
密とは無縁な疎です。
芝がふかふかでペグの刺さりもいい絶好のキャンプ場です。
公共のキャンプ場は設備の差がかなりあって、
和式の簡易トイレしかない、水場もない所から、
ウォシュレット付きトイレ、炊事場も清潔で至れり尽くせりの所まで
千差万別です。
こちらは、和洋式と身障者トイレ、炊事場ありで、とても清潔に保たれていて、かなりポイント高いです。
この2泊3日は雨勝ちで、テントを張った瞬間に土砂降りの雨に見舞われるという、
まさにタッチの差、九死に一生、悪運が強い。。。な様相です。
湿気が多くテントを張れば汗だくで、もう出かけることもないので、
早速ビールと適当に朝ご飯に。
雨の合間に管理棟の上から駒ヶ岳を展望。
屏風のようにせり上がり、右手に繋がる鋸岳への稜線といい、頸城山塊の西の一翼を担うにふさわしい風貌です。
更に南に目を移すと、双耳峰のにゃんこ耳、雨飾山がちょこんと覗く。
テントに戻れば静寂が広がる。
時折管理人さんの草刈り機の音がこだまする、のどかで平和な時間が延々と続いた。
昼からたき火を起こして、ただただ炎を見入って何も考えない時間。
薪をくべ、火を絶やさない原始の営みの中の静寂。
昼食に焼きそば、夕食は肉やトウモロコシを焼いて生野菜にかぶりつく。
ビールの空き缶がひたすら積みあがった。
翌日は朝から雨模様で、しろ池への散策を楽しみにしていたので、出鼻をくじかれてしまう。
ところが、奇跡的に雨が上がり、大急ぎでしろ池に向かう。
雨に濡れた下草がまとわりついてなんとも不快で、地面もすべりやすくなっていたが、
山道の途中からは、日本海も望めた。
しかし、山道を出たら林道がしろ池まで繋がっていた。がっかり。
しろ池は美しい所だった。
池は水深によってか、その色合いを微妙に変え、水面はおだやかで樹林の影を写している。
奥まった所の色がまるで濁り湯の温泉のようで、微かな石油臭も感じた。
神秘という言葉はこの池の為にあると言っていいほど異世界な空間だった。
そしてここからもさらに雨飾山は近づいた。
休憩舎の奥に回ると、そこには塩の道の名残の古道があった。
その道すがらにはボッカ宿の跡があり、
1824.12.18裏山の戸倉山の大雪崩で塩を運ぶ信州歩荷と家人が数名亡くなり、
以後再建されなかったそうだ。
ちなみに塩尻というのは塩運搬の最終目的地だったそうな。
海と山を結ぶ塩の道は、全国に展開されていたようで、
こんな山中にと驚くような場所にその痕跡を見つけることがあり、
現代人の感覚からいけば、川沿いの方が楽なのではと思うのだが、
冬場の雪崩の心配を思えば、おのずと山中の峠を繋ぐルートになるのだろう。
下りはしっかりと林道を使わせてもらってテントに戻った。
糸魚川市のスーパーまで山道を下り、海鮮丼の材料とえびを調達して夕食に焚き火で焼いた。
途中でウサギ、ウリ坊、そしてなんと小熊に至近距離で遭遇した。
いや、車でよかった。
ワイルドな2泊3日のキャンプだった。
この記事へのコメント
こんちゃ(^^♪
塩の道の話ですけど
満足に治水されていない川沿いは危険がはらんでいたのでしょうかね?
それとも、塩を運びながらも景観を楽しんだ?
興味深い話です(笑)
連休はかなり雨量が多かったと思いますが
サイトでおこもり
焚火して
ただ飲んで食べるってのもいいもんですよね♪
塩の道の話ですけど
満足に治水されていない川沿いは危険がはらんでいたのでしょうかね?
それとも、塩を運びながらも景観を楽しんだ?
興味深い話です(笑)
連休はかなり雨量が多かったと思いますが
サイトでおこもり
焚火して
ただ飲んで食べるってのもいいもんですよね♪
Posted by shinn. at 2020年07月31日 07:32
shinnさん
こんにちは、お返事おくれてすみません。
川の氾濫で道が消失ってこともあるかもですが、R148沿線、姫川沿いというのは
急傾斜な斜面が川まで迫っていて、川も急峻なので、
多分、当時は道がつけられなかったのではと思います。
また、春先まで雪崩が多発するので、尾根を歩くことが、川筋よりは安全だったのではと思います。
なんかもう雨でなくてもサイトでおこもりって感じですw
涼しいし結局それが一番楽しいw
こんにちは、お返事おくれてすみません。
川の氾濫で道が消失ってこともあるかもですが、R148沿線、姫川沿いというのは
急傾斜な斜面が川まで迫っていて、川も急峻なので、
多分、当時は道がつけられなかったのではと思います。
また、春先まで雪崩が多発するので、尾根を歩くことが、川筋よりは安全だったのではと思います。
なんかもう雨でなくてもサイトでおこもりって感じですw
涼しいし結局それが一番楽しいw
Posted by ぜいぜい at 2020年08月04日 10:14